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一日一善日記

21歳、トランス後の夏休み

21歳、トランス後の夏休み、地元で一番の親友の家に遊びに行った日のことを思い出した。細かい心情は思い出せないけど・・・そもそも夏だったっけ・・・。

わたしは、車の免許を18歳(2001年)の夏休みに地元で取った。その時のわたしは、大阪の大学に通っていて、長期休暇の時だけ地元(浜北)に帰っていた。

そして、まだ「男」だった。

自動車学校は家から自転車で通える範囲にあって、同じように免許を取る地元の同窓生たちが何人かいた。中学校や高校の卒業を機に変わり始めた友人たちと、縁が遠くなってゆくのを感じた。

筋肉自慢で方言丸出しの級友は、けん引免許も取ろうとしていた。牽引車の特長や操作方法を遠州弁であれこれ話してくれたのを昨日のように思い出せる。

すべての考査と試験を一発合格し、無事夏休みのうちに免許を取得できた。

トランス開始

その翌年、二十歳を迎える年に、わたしはトランス(性別の移行)を開始した。

女性ホルモン(卵胞ホルモン)を摂取して不可逆的な身体変化が起きる前に、自分の覚悟を確かめるため、2002年4月頃から、抗男性ホルモンの錠剤を飲み始めた。弱ってゆく性欲や変わってゆく体臭、髪質などに満足感しかなかったため、10月、女性ホルモンを飲み始めた。

長髪をより長く伸ばし始めた。大っぴらに女装を始めた。仕草は意識するまでもなく変わった。男子トイレに入れなくなるまで、半年もかからなかった。

初めて恋した同級生の男の子からフラれても、「これがわたしだ」という確信は変わらなかった。

2003年の夏休み

わたしはペーパードライバーで、帰省した時だけ車を運転した。その頃の親の車はレガシィで、それを借りて、問題の友人の家に行った。

エスニックのスカートを穿いて行ったと思う。

友人の家の玄関で友人の親に「(手の甲を反対側の頬に当てながら)あなたコッチだったのね」と言われたことが、忘れられない。

戸惑って目をそらしがちな友人の顔が忘れられない。

その友人からは年賀状が返ってこなくなった。それ以来、会えていない。

18年が経った

当時、わたしは「地元には帰らない」と決めた。一時的に帰省はしても、腰を据えて住むつもりはない。

とは言え、18歳まで過ごした土地だから、友人はたくさんいた。学校には違和感なく通うタイプだったから。だから、未練はあった。

Facebookアカウントがまだあった時、地元の知り合いを探した。何人も見つかった。

その中には、昔好きだった人(女性)もいた。他の多くの人と同様にその人も結婚していたが、子供はいなかった。幸い、その人の思想信条は柔軟で、連絡を取ってみたら、話が弾んだ。それ以来、帰省する時はできるだけ連絡を取っている。

あの土地も、少しは変わっただろうか?

何年か前に顔を合わせた活動家たちは、元気だろうか?

わたしがまた親友たちに会える日が来たら、感謝してもしきれない。

いつになるかな・・・。

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