Diary (4)


天皇要らない

天皇要らない
元号要らない
身分制度やめよう
差別をやめよう

昭和は侵略 平成は出兵
歴史を変えるな 教育ただせ

人種国籍 性別年齢
生まれも育ちも 分け隔てなく
殺すな奪うな 命を守れ
命のために 力を尽くせ

権力を捨てることはできないんだから、正しく使おう。正しさを追究しよう。傷つけることも殺すこともやめられる。やめるために考えようよ。

心の底から悲しい。ありもしない隣国の脅威のために親や子や隣人たちの命を差し出すのはやめよう。なんで他人を殺すためのカネを作るために親や隣人たちを生かすカネを渋るんだ。どうしてそんな考え方ができるの? わけがわからない。

何が令和だ。

命よりカネ
命より権力
命より反論

自分の命にしか興味がない嘘つきどもは恥を知れ。

元号が変わったところで何も変わらん!
嘘と殺しをやめろ! やめよう!
正しい歴史を残そう! 教育を改めよう!
話はそれからだ!




有期雇用と持続可能な「労働」

派遣をやり始めてわかった。この働き方、無責任になるわ。ひとつ終われば次、次が終わればそのまた次と、まるでスポーツ選手が選手生命を維持しつつ試合を消化しているような感覚になる。だれが使うどんなシステムかに関係なく作業を割り当てられ、それが終われば現場を去る。わたしの意思は関係ない。

「期間を区切って雇う」という仕組みが「雇われた側を経済的に不安定にする」という面は知られつつある一方で「雇う側の業務を不安定にする」という面はほとんど触れられない。いずれにせよ「マネジメント力がない」と、なぜかマネージャーの責任にされてしまって企業の方針は問われない。

「業務知識が維持されにくい」のは、わかる。論理的には、説明書があればだれがやっても同じ。Facebookアプリも説明書あればだれでも使える。少しややこしい業務だとしても「経験者」の派遣さんを採れば大丈夫、ということになっている。

冒頭の「無責任になる」がこの眉唾ものの理屈を土台から崩す。その説明書を、少しまじめな派遣さんが「派遣としての評価を維持するために」作っているとする。ここで、システムの修正が急に入って説明書を書き直すという事態が数回起きたとする。契約は来週末。無理。さあどうする。

派遣先に言って追い込みに協力してもらうのはあり得る選択肢。そんなバタバタしてるときに?できる?

上記を諦めたか協力が得られなかったら「やれるだけやる」しかない。

未完成の説明書がひとつできましたとさ。

もっと言うと、説明書を作る時間が派遣先が元請けから受注した段階から設けられていないことも少なくない。こうなるとシステムさえ「やれるだけやる」になる。派遣さんが何人か入れ代わるシゴトだと、やれるだけやった派遣さんが急いで引き継ぐので、そのときに漏れが出る。

短期の派遣は遅効性の毒だ。社会全体が頭でっかちになって、効率の鬼になっている。「人生はどう生きたかに価値がある」という言葉をありがたがっているようで、実際は効率的にこなせることが一番いいと思っている。だから派遣さんをAIにしたい。

利益や給料や年金のためにつじつま合わせの効率化(あるいはリストラ≒構造改革)していたら、巡り巡って自分という人間の効率化まで迫られるようになったという、笑えない話。そうでなかったらAI脅威論なんか生まれない。

「自分はもうこれ以上効率よくなれない」って、みんな思ってる。人間は歯車じゃない。わかっていてもやめられないなら、せめて、優しくしようよ、お互いに。




三角公園の炊き出しに行って来た

釜ヶ崎三角公園(萩ノ茶屋南公園)にて、勝ち取る会によって(未確認)毎週火曜と土曜に行われている炊き出しに行って来た。今終わって、カマメに向かっているところ。

10時過ぎ頃に着いたのだけど、その頃にはすでに待っているとおぼしきひとが整然と群れをなしていた。炊き出しの場所がわからなかったので公園にいるひとに「今日は炊き出しをやるのか」「できれば手伝いたい」と尋ねてみたところ、丁重に案内してもらえた。

お手伝いは、歓迎された。土曜日はひとが少ないのだという。また、連休明けのためか、今日は特にひとが少ないということだった。わたしにはどのくらいの人手が必要なのかわからなかったが、それでも、意外とスタッフ―この呼称が適切かどうかわからないが、「ボランティア」よりは適切な気がするので、差し当たりこう呼ぶことにする―が少ないと感じた。

スタッフの方のひとりが、炊き出しや、公園に集うひとたちについての簡単なレクチャーをしてくれた(内容は、きちんと覚えていないので割愛したい)。そして、味を知るために一杯食べろと言われた。もっともな理由だったので、いただくことに。手のひら大のお椀に、しゃもじ平盛りほどのごはん、そしてそこに野菜と豚肉のスープをかけ、お箸でいただく。プラスチックのお椀からは、きちんと乾かされなかったときのにおい(カビのにおい?)が少ししたが、味はおいしかった。あっという間に完食した。

食器を洗いつつ始まるのを待っていたのだけど、そこで、少し違和感を抱いた。何かというと、まったく名前を尋ねられないこと。そう言えば、そういう場所だと聞いたことを思い出した。理由は何だったか忘れたけれども、まぁ、知ったところで仕方のない情報だし、いろんなひとが来て覚えられないということもあるだろうし、素性を明かさない・尋ねないでおくマナーということもあるだろう。

さて。11時10分前から、準備。わたしはごはんをよそわせてもらうことになった。お椀の3分の1くらい。多い、少ないと言われながら、ひたすらよそう。正面でよそっているひとの慣れた手つきに戸惑いつつ、よそい続けた。

450食ほど配り、なくなったところで、配膳は終了。わたしは片づけに回った。食べ終わりのお椀を洗ったり、雑巾を洗って干したり、そんなことをしているうちに、終了。

とても感謝された。でも、わたしもとてもとても感謝した。ものすごく心地よい疲れと、すがすがしい、晴れ晴れした心。いいことをした充足感ではもちろんなくて、手伝わせてもらえた喜び。こんなにいただいていいのかと、まるで腕一杯の花束をもらったような、そんな気持ち。

また来る。ありがとう釜ヶ崎!!

※引っ越したカマメは、とてもとてもとても、広くなっていました。えーがさいのチラシも快く配架してくださいました。そして、丁寧にお相手してくださいました。おっちゃんたちの温かい歓迎も受けました。また、寄らせていただきます!




死神の夢

  • 2015年12月18日
  • Diary

どうも。

訳あって天国から書き込んでいます。

……嘘です。

こんなことを書くのは、最近見たシリーズものの悪夢に、自分が巻き込まれたからです。

それは、死なせてもらう夢。

筋書きは以下の通り。

木村拓哉と八嶋智人(要するにHEROの出演者の一部)が、死にたがっているひとを死なせてくれる。

死なせ方は不明。ただ魂だけしばらくこの世に残して、そのひと亡きあとの様子を見せてくれる。

「亡きあと」というのも語弊があって……言い換えると、「いなかったことになったあとの世界」。

そこに放り込まれる。周囲のひとは、存在には気がつくけど、誰であるかはわからない。そんな世界。

そして、数日経つと、キムタクが、いっしょに「天国への階段」を登りながら、そのひとが過去にどんなことをやってきたか、振り返らせてくれる(エジプトっぽい)。

「やっぱり生きたい!」と願ってもダメで、そこは容赦がない。

そういうプロセスのあと、終わりが来る。

……大まかなストーリーは以上。

二作目に、いきなりわたしだった。ついさっき。

わたしは、夢が途中からその話になっていった。

小学校や中学校のクラスメイトと教室で遊んでいたら、途中から自分の存在感が希薄になって、「自分が本当はここにはいない」と感じたとき、悟った。「わたしは死んでいる」と。

わたしが撮られた写真は、すべてわたしの顔のところにひっかき傷がついて、だれだかわからなくなった(中途半端!)。

場面は換わり、「最後にあのひとの顔が見たい!」と願ったら、そのひとの寝顔が見られたので、ツイッターを通じて遺書でも書こうとしたら、アカウントは消されていて、もうこれまでか!というところで、目が覚めた。

ストーリーを見るような夢だった。現実感が希薄で、どこかで「何かを見ている」感覚があった。

そして、重大なことに気がついた。

最後の瞬間に、わたしは、なんと、これこそまさに恐れていたことで……「死にたくない」と願っていた。

自分に「死ぬ勇気」「自己破壊の勇気」がないことはわかっていた。

けれども、ここまで露骨に「どうだ、生きたかろう!」と迫られるのは、初めてだと思う。

友人のひとりに、以前、言ったことがある。

「わたしが今後どう言うかはわかりませんが、わたしは生きたいです」と。

要するに、それは変わらずそうだったんだ。

悲しい、悲しい、夢でした。